★ さとりずむ ★

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Yくんの話。

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はいどーも!さとる(@satorism0321)です!

今日はぼくの高校時代のお話。
3年間同じクラスだった、Yくんという男のことを書きます。

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高校時代

その男のあだ名は「半魚人」

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Yくんは面白いヤツだったけど、女子にモテるようなタイプの男ではありませんでした。

彼の頭はチリチリの天然パーマみたいになっていて、3年間水泳部に所属していた彼いわく「プールの塩素のせい」らしいけど、真実はわかりません。ただの天パのような気もします。
顔はフランケンシュタインみたいにまぶたが腫れてる感じで、下唇が大きいのが特徴でした。
サンリオの「ハンギョドン」というキャラに似ていたので、ぼくは水泳部所属とかけて彼のことを「半魚人」と名付けたんだけど、呼ぶと怒るのでからかうときにしか呼びませんでした。

彼は部活動に熱心に打ち込んでいたので、日々の練習で疲れてしまうのか、授業中は寝ていることが多かったです。起きてるのは放課くらい。

なので、成績はお世辞にもいいとは言えず、
はっきり言ってアホでした。

まぁぼくも授業より部活の方が楽しかったクチなので、成績は彼とどっこいどっこいといった感じです。つまり、アホです。

初めて話したのは合宿のとき

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うちの高校は入学した直後に、1年生の親睦を深める目的のオリエンテーション合宿をやるのが恒例でした。
ぼくらも例外ではなく、学校に泊まりこんで色々とやらされたものです。

ぼくはこの頃から人見知りの激しい性格で、名簿が1つ違いだったYくんとあらゆる行動を共にしていたのだけれど、ぜんぜん話せずにいました。

就寝時間を迎え、みんなが寝静まった頃のこと。
隣の布団で寝ているYくんが、なにやらもぞもぞ動いていることに気がつきました。

「わりィ、いまタイム落とせねぇんだわ」

ぼくに気がついた彼は、腹筋をしながらそう言いました。
入学したばかりなのに、すでに部活動に所属していた彼は筋トレをかかさずに行っていたようです。大会か何かが近かったのだと記憶しています。

それよりも何よりも、初めて会話したのが腹筋の話だったのを今でも強烈に覚えています。

ちなみに、この頃のぼくの髪型は真ん中分けでした。現在に通じる坊主頭になるのは、高1の冬のことです。

卒業間近のケンカ

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※古典的表現でお送りしています。

何が原因かは記憶にないんだけど、高3の終わりごろにYくんとケンカしました。

1人の女を争って・・・とかならすっごく青春グラフィティなんだけど、そんなんじゃないです。
たぶん、しょーもないことだったと思います。それくらい、ぼくらは普段からふざけたことを言い合っていたので。

それから高校を卒業するまでの数ヶ月、ぼくはYくんと一度も話しませんでした。

高校卒業後

プチ同窓会

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それから3年ほどが経ったある夏の日、高校の仲が良かった連中でプチ同窓会をやろうということになりました。

ぼくが仲良くしていたRくんの家に集まることになり、ぼくは久々にみんなに会えるということでワクワクして行ってみると、そこにはケンカ別れしたままだったYくんの姿もありました。

ぼくは元来の人見知りが災いして、一度ケンカした相手には自分から謝ることが苦手で、ケンカした相手とはそれっきりのことが多いです。
なので、このときもぼくはYくんを無視し続けようと思いました。

そしたら、向こうから
「おっす!久しぶりじゃん!」
「そうだ、一緒にウイイレやろうぜ!!」

と声をかけられました。
※ウイイレ・・・ウイニングイレブンというサッカーゲームのこと。

あまりに気さくに声をかけられたので、(え?仲直りしてないのになんでこんなに??)とぼくは挙動不審だったと思います。
「あ・・・あ・・・う、うん」みたいな感じで返事をしたんじゃないかなぁ。

その後、少しの時間だったけど2人でウイイレをやりました。
めっちゃ面白かった。最初はドキドキしてしまって、うまく会話出来なかったと思う。
でも、Yくんは本当に気さくだった。過去のことは終わったことだから、という風に、ケンカしただなんてまったく感じさせずに。

ぼくは「ケンカ別れしたヤツだし、無視しちゃえばいいか」と思っていた自分を恥じました。
今に至るまで相変わらず人見知りは治ってませんが、このときばかりは深く反省したものです。

そうして、楽しかったプチ同窓会は終わりました。

秋が終わりを告げる頃

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次にYくんと会ったのは、プチ同窓会から数ヵ月後のことです。
少し肌寒くなってきた頃だったと思います。

プチ同窓会を主催したRくんからメールがあって、
「Yが死んだ」
と連絡がきました。

あまりにも突然だったので、ぼくは事情が飲み込めずにいたんだけれど、バイクで走行中に事故を起こして亡くなったのだそうです。

その日の夜、ぼくはRくんや同級生数名と共に、Yくんのお通夜に行きました。

Yくんの家の1F部分の和室に祭壇が設けられていて、そこにぽつんと棺が置かれていました。その横には泣き伏した遺族の方がおられました。

棺には小さい窓がついていて、そこから故人を見ることが出来るようになっています。
ぼくは恐る恐る中を覗いてみると、本当に綺麗なままのYくんが眠っていました。
月並みだけれど、「今にも起きてきそうな」感じに見えました。

不思議なことに、当時は悲しみはありませんでした。
ただただ、何が起きたのか、本当にコイツは死んだのか、理解できていないといった状態でした。
あれから20年近く経ってこれを書いている今、ようやく悲しみが感じられるようになってきています。

人はいつか必ず死ぬ。それは分かっているけれど、あまりにも早かった。

最後に

Yくんは努力家でした。

学校の勉強はさっぱりだったけれど、部活動に熱心だったし、卒業後も独学で国家試験の勉強をしていたと聞いています。
ぼくらのいた学科は第二種情報処理技術者試験(現在の基本情報技術者試験)の合格を目標にしていて、ほとんどの生徒が合格しなかったんだけれど、彼は卒業後も黙々と勉強を続けていたようです。

それに比べてぼくはどうだろう。
何か一つでも「これ頑張ったぜ」ってYくんに誇れることはあっただろうか。ただなんとなく生きて、なんとなく働いて、毎日毎日クソして寝てるだけ。
Yくんが生きたかった時間を、ぼくは無駄に生きているんじゃないかとさえ感じるのです。気さくで面白くて、誰とでも仲良く出来たヤツが先に死んで、根暗で卑怯なぼくがまだ生きているだなんて、ぼくには神の意思は到底理解できようもない。

だからぼくは、彼のことを思い出す度に頑張らなければと思うのです。


ぼくのことを覚えているかどうかは知らないが、向こうに行ったときにはまた仲良くウイイレやろう。
もしかしたら、腹筋してるかもしれないな。


ありがとう、Yくん。