★ さとりずむ ★

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宝物は、まる子の巻

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あたしゃ、さとる(@satorism0321)だよ!

先日(2018年8月27日)、漫画家のさくらももこ先生が急逝されたことは皆さんご存知かと思う。
先生の代表作、『ちびまる子ちゃん』と言えば平成を象徴する漫画・アニメだし(舞台は昭和だけど)、幼い頃から慣れ親しんでいた作品だったので、先生が亡くなったというのには寂しさを覚えた。

この記事を書いている現在、アニメのEDテーマはPuffyの『すすめナンセンス』であるが、歌詞の一節にはこうある。

回り続ける 地球の上で
急がば回れは のんき者だよ

『すすめナンセンス』 / 作詞:さくらももこ


さくら先生、いくらなんでも急ぎすぎたんじゃないか。
のんき者でもいいから、もっと先生の作品を見たかった人も多いんじゃないか。

平成最後の年に、惜しい人がまた1人この世を去ってしまったな。

今日は、ぼくにとっての『ちびまる子ちゃん』の思い出を書いてみようと思う。

 

まる子が宝物になった話

ぼくと『ちびまる子ちゃん』

アニメ「ちびまる子ちゃん」が放映開始されたのは、ぼくが10歳、小学校4年生の頃。西暦にして1990年のことだ。
主人公・まる子は小学3年先の設定で年齢が近かったことからも、等身大のアニメとして当時のぼくは夢中になったし、クラスのみんなも大好きだった。

今の若い子にはピンと来ないかもしれないけど、当時の「まるちゃん」ブームは本当にすごくて、まだ子どもだったぼくにもその凄さはひしひしと感じられたものだった。

平成を象徴するアニメとして始まり、今や国民的アニメに成長したまるちゃんであった(キートン山田風)

特にB.Bクイーンズの歌うEDテーマ『おどるポンポコリン』の大ヒットも凄くて、運動会のダンスで同曲が使用されているのは今も覚えている。緑色のポンポン作って踊ったっけなぁ。

テレホンカード

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そんな『ちびまる子ちゃん』の大ヒットを受け、世間で横行したのは「パチモン」である。

つまり、人気商品に乗っかる粗悪な「コピー商品」だ。

その手の問題は現代と比べてかなり寛容な時代であり、ぼくら世代にとって「ロッチ」といえばそれだけで1時間くらい思い出話が出来てしまうほど、世にはさまざまなコピー商品があふれ返っていた。

そんな中、両親が買ってきてくれたのが「ちびまる子ちゃんテレホンカード」(本物)である。まるちゃんグッズは当時手に入りにくく、かなりレアなものだったと思う。

ちなみに、カードの絵柄は当時のアニメのアイキャッチだった、まる子が山本リンダの真似をして「ウダダー ウダダー ウダウダダーダー」と言ってるやつである。


・・・ていうか、今の若い世代にはテレカから説明せんといかんのか。なんという世の中だ。

テレホンカード(通称テレカ)とは、携帯電話のなかった時代に、街の至る所にあった公衆電話で電話をかけるのに必要なカードのことだ。50度数や100度数といった種類があって、その度数に応じた時間だけ通話が出来るという仕組みになっている。

かける際に電話機に挿入、かけ終わると排出され、使用した分だけ穴が開く。
従って、未使用なものほど売却した時に価値がつき、希少性の高いテレカほど高額で取引されていた。懸賞品だったり、グラビアアイドルのやつとかすげー高かったんだぜ?

今みたいにスマホでピピッと連絡を取れる時代じゃなかったから、夜な夜なテレカ持って公衆電話に行って、暗記しておいた好きな子の自宅の電話番号にかけた男子もたくさんいたっけ。


まぁそれは置いといて。

とにかく、どういった経緯で入手したのかは記憶にないが、両親が「ちびまる子ちゃん」のテレカを買ってきてくれたのである。
当時、それがどれほどのレアリティを持っていたか幼いながらに知っていたぼくは、「生涯の宝物にしよう」と固く誓ったのであった。


しかし、それから10年もしないうちに携帯電話の時代が到来し、いつしかテレカを使わなくなても良くなってしまった。

 

あれだけ大切にしていたまるちゃんのテレカを、失くしてしまったさとるであった(キートン山田風)。

もちろん、未使用のままだった。

妻はまるちゃん大好き

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うちの妻は「ちびまる子ちゃん」が大好きである。

「りぼんっ子だった」と発言しているように、「月刊りぼん」と共に彼女は少女時代を過ごした。「ちびまる子ちゃん」は連載開始当初から読んでいたらしい。
そんな彼女のまるちゃんに関する知識は半端なく、たまにしか出てこないモブキャラの名前すら知っている。

もちろん、うちにはコミックも全巻揃っている。

そんな妻は、先生の訃報を聞いたときはやはりショックだったようだ。
ぼくの絵の原点である、鳥山明先生のような存在なんだろうな。

53歳。本当に、早すぎる死だと思う。

最後に

90年代を駆け抜けた少年・少女たちにとって日曜の夜と言えば、18時の「ちびまる子ちゃん」に始まり、そこから「サザエさん」、「こち亀」、「世界名作劇場」へと繋がる一連のアニメタイムはキッズにとって夢のような時間だったよね。

ぼくら世代にとって、さくらももこ先生はエッセイ等でも有名だったし、先生を失った今、その頃の思い出が蘇ってきて寂しく思うし、一つの時代が終わったんだなと感じる。ファンの方ならば、特に悲しいところだろう。


まる子の父・ヒロシの言葉を引用して、記事を結ぼうと思う。

生きるってことは忘れることよ
人間てのはよぉ、物事全部覚えてたらかえって苦しくって生きていけないもんよ
だから神様がちゃんと忘れるようにしてくれてんだ

ヒロシ

いつの日か、時の流れが悲しみを取り除いていくのだろう。
でも、先生が残した作品の数々は、ぼくらが語り継ぐ以上忘れられることはない。

日曜の18時と言えば『ちびまる子ちゃん』!!
今までも、そしてこれからも、日本の日曜の夜を彩ってもらいたいものである(キートン山田風)

さくらももこ先生ありがとう。
コミックス読み返すことにします。



今回のお話はここまで。それではまたね!