★ さとりずむ ★

Amazonプライム・ビデオを中心とした映画レビューブログ。そのほかにも音楽や書籍、育児ネタなどの雑記もあるよ!

映画『ジュラシック・パーク』徹底レビュー!
映画『ミッション:インポッシブル』徹底レビュー!
映画『ミッション:インポッシブル3』徹底レビュー!
映画『オールユーニードイズキル』レビュー!
アニメ『ゆるキャン△』レビュー!

体罰教師の話。

f:id:satorism:20181013071903j:plainおっす!さとる(@satorism0321)でっす!

皆さんは「体罰」を受けたことがあるだろうか。
ぼくはある。というか、ぼくのような昭和世代の悪ガキは先生によく殴られたものである。
いくつかある中でも、特に記憶に残っているのが小学校2年生の頃のことだ。

今回はそのことについて書いてみようと思う。

 

石川先生は怒ると怖い

ぼくが小学2年生の頃の担任は、石川という女性の先生だった。

(2018年)から30年も前の話なので詳しくは思い出せないが、年齢にして50代前後、顔は故・森光子さんに少し似た顔をしていたのは覚えている。

肝っ玉母ちゃんのような厳しい口調ではあったものの普段はとても優しい人だったが、怒ると猛烈に怖い先生でもあった。

小学生のケンカ

f:id:satorism:20180925210115j:plain
※古典的表現でお送りしています。そしてこれは夫婦喧嘩のときの使い回し。

とかく小学生の男子というものは、同級生とよくケンカするものである。

小学2年のある日、ぼくは同級生の白木君とケンカした。
何が原因でケンカしたのかはまったく覚えていないが、白木君はぼくの顔を、ぼくは白木君の腹を殴ったことはよく覚えている。

このことについて同級生がチクったのか、はたまた先生自身が見ていたのかはわからないが、とにかくぼくと白木君は石川先生に怒られるのである。

顔と腹は殴るな

f:id:satorism:20181013075900j:plain
「おまえら何してた?」

「あ・・・」

「何してた??」(語気強め

「あ・・・あ・・・」(チビる寸前

白木君がぼくの顔を、ぼくが白木君の腹を、それぞれ殴ったことを先生に正直に言うと、ぼくは先生にお腹をぽんぽんとされ、

「いいか、さとる。お腹は大事なものがたくさん詰まっているところ。ここを叩いては絶対にダメ。」

と諭されたのであった。

高校時代はラグビー部にいて血気盛んだったこともあって他校の生徒ともよく揉めたけど、不思議なことに腹を殴ろうとは一度も思わなかった。

石川先生の言葉がずっと頭から離れず、無意識のうちに自分を抑制していたのかもしれない。

おまえら尻を出せ

f:id:satorism:20181013080038j:plain
「どうしても叩きたいなら、お尻を叩けばいい。さぁ、お尻を出しなさい」

「え?(=ω=;」

「お尻を出しなさい」

「あ・・・あ・・・」(チビる寸前

バシーン!!
「Oh!モーレツ!!」

と、当時でも死語だったかつての流行語を言ったかどうかは定かではないが、石川先生は可愛い生徒のお尻を叩いたのだ!まさに体罰教師である!!

「いいかい?これが叩かれた痛みだよ?」
「友達に痛い思いをさせたくないなら、叩いてはダメ」

先生はそんなことを仰っていたと記憶している。うろ覚えだけど。

実際に叩かれることによって、叩かれる痛みを知るのである。

あなたは親の立場から、石川先生を「体罰教師だ!」と非難できるだろうか。ぼくには出来ないし、むしろ歓迎さえしよう。
時には手をあげてでも理解させる。これこそ教育だとぼくは思っている。

殴られたことがない人間に、殴られた痛みなど分かりはしない。
人間とは、つまりそういう生き物なのだ。

先生に怒られること

親が子供を溺愛するがあまりモンスター化し、PTAとタッグを組んで先生の力を弱めてしまった昨今では考えられないが、ぼくの時代は先生といえばとても偉い存在だったのである。

先生に怒られただなんて親にバレでもしたら、その何倍もひどく怒られたものである。

ぼくは悪ガキだったので何度も先生に怒られて叩かれたりもしたが、先生を体罰だなんて訴えることなど微塵も思わなかった。

それは何故かといえば、怒られた後に「悪いことをした」ときっちり先生が指導してくれたからである。

ここが重要である。元ラグビー日本代表である故・平尾誠二氏も仰っていたが、叱ることが大事なのではなく、叱ったあとのフォローこそが大事なのだ。

教育とは勉強を教えることだけでなく、そうやって心を「育む」ことも大切だとぼくは思っている。

昨今の教育はどうか。生徒の心を育んでいるだろうか?

たくさん教え、いい点を取らせることだけが先生のステータスになってはいないか?
我が子がいい高校やいい大学に進学できれば、親はそれで満足かもしれない。
だが、子供の心が成長していないようでは「育む」部分が疎かになっていると言わざるを得ない。

 

教育者諸兄は子供のことを想うのならば、なまくらな中途半端さではなく、愛情を持ってしっかり叱って欲しい。

真剣な想いは必ず伝わるから大丈夫だ。

体罰を考える

体罰はアリかナシか?という議論はしばしば行われているが、ぼくは条件付で肯定派である。
石川先生の教育論をベースに、「悪いことだと言っても聞かない子供は、殴ってでも教えよ・止めよ」というのがぼくの考えである。

もちろん、体罰といえど限度はあるし、「暴力を振るわれるから悪いことはやめておこう」という形で気持ちを押さえ付けるのは正しい教育とは言えない。

どんな綺麗ごとを言っても結局は暴力行為。本来振るうべきものではない。
しかし、人間は痛みを知ることで初めて相手の痛みが分かるという、逆説的なジレンマも抱えている難しい存在なのだ。

体罰とは、およそ「アリかナシか」の二元論で語られるべきものではないと思う。
石川先生が行ったことは表面的には暴力行為でしかないのだけれど、その裏には優しさと愛情に満ちているとぼくは感じている。

最後に

石川先生がぼくに与えた「人の痛みを分からせること」という感覚は、今もぼくの育児論に息づいている。

先日、ぼくの息子の幼稚園で運動会があったときに、息子は同級生の男の子に叩かれていたが、息子はやり返そうとしなかった。
ぼくがかつて友達を叩いた息子を激しく怒ったことがあり、石川先生と同じようにお尻を叩き、「叩いたら痛いんだよ」と教えたことが効いているのかもしれない。

まぁ単にビビッてただけなのかもしれないけどね。

あれから30年。
当時以来、石川先生にはお会いしたことはないが、まだ存命ならばお元気で毎日を過ごしておられるよう切に祈っている。

あなたの教育は、まだぼくの中で生き続けている。ありがとう。


それでは今回はこの辺でおしまい!それではまったねー!!